あうん漂流記 ~その4~

荒川区東日暮里の「リサイクルショップあうん」です。が多忙のため、やまが今回担当しております。

2002年にはじまった、企業組合あうんは、様々な背景を抱え働くことが困難な状況にある人が集まり、それぞれの良さを活かしながら働こう!と始めた仕事おこしの取り組みです。

2010年にリサイクルショップあうんの店内でフリーペパー「あうん通信」を配っていました。
まだ小さなお店でのんびりしていたあうんでは、お客様がご来店時、本当にいろいろとお話をしてくださり、私たちはまるで親戚のように身近な関係に感じたものでした。だからこそ、お客様にあうんの経緯や目指していること、スタッフのことを知ってもらいたいとはじめました。

その中にある「あうん漂流記」はあうん設立当時の事業を運営していく大変さだけでなく、おもしろさや仲間同士の雰囲気がわかるものだと思います。いよいよ今回は2006年以降。若者があうんに参入します!




「あうん漂流記 その4」 2010年5月発行

その1はこちらからどうぞ

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 2006年に入ると、便利屋の方も順調に仕事が増え、一方で、50代60代中心だった便利屋メンバーも、階段などの現場になると、悲鳴を上げるという状況になりました。「こりゃ、若いやつを入れなきゃ、どうしようもない。」と思い始めたころ、世の中は、若者の非正規労働の問題が取り上げられ、「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」等という言葉が騒がれるようになりました。若者たちが「派遣」という非正規労働という形で、使い捨てられていく現実は、目に余るものがありました。一方で、家族関係など苛酷な環境の中で引きこもっていく若者たちも又増えてきました。若者の貧困が、世の中を騒がせ始めました。

 「若者を入れなければ、続けられない。」という、あうんのニーズと、時代的な背景の中で、夏ころから、協力団体の「もやい」を通して、ぽつぽつと10代20代30代の若者たちがアルバイトの形で、あうんにやってきました。そこから定着していったのが、今のあうんのメンバーです。当初、この世代間の違いが、どう影響するのか心配だったのですが、おじさんたちはまるで我が子のように、「まったくどうしようもない。」と言いながら、若者をかわいがり、それが若者たちの閉ざされ傷ついた心を少しづつ開かれていったように思います。

 こうして、その後も一般企業に就職したけれど、あうんの協同労働という働き方に共感して入ってきた若者等々、少しずつ若い世代が増え始め、今では21歳から67歳まで、30名近くのメンバーであうんを運営しています。
(2010/05 あうん漂流記より)

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この頃はボランティアで炊き出し出店もしていました。反貧困フェスでおじちゃんと若者がテントをはる瞬間をパチリ

やま
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tag : リサイクルショップ 荒川区 便利屋

あうん漂流記 ~その3~

荒川区東日暮里の「リサイクルショップあうん」です。
2002年にはじまった、企業組合あうんは、様々な背景を抱え働くことが困難な状況にある人が集まり、それぞれの良さを活かしながら働こう!と始めた仕事おこしの取り組みです。

2010年にリサイクルショップあうんの店内で配布された、
「あうん通信」はお客様に私たちの設立の経緯や目指していること、スタッフのことを知っていただきたいと思って始めたものです。

その中にある「あうん漂流記」はあうん設立当時の事業を運営していく大変さだけでなく、
おもしろさや仲間同士の雰囲気がわかるものだと思います。





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「あうん漂流記 その3」 2010年4月発行

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  →その2はこちらからどうぞ



 東日暮里2丁目の店舗兼事務所はすぐに手狭になりました。便利屋が始まると、家具や家電も増えてきて、やっぱり捨てるのはもったいないし、売れるものは売ろうということに。お客さんの御厚意で、お店のすぐ前に倉庫の片隅を格安でお借りしました。  

ところが、2005年にそこが、売りに出されることになり、大慌てで新しい物件を探しました。

そこで見つけたのが、現在の1丁目の衣類の店舗と事務所です。事務所部分を衣類のお店、隣を家具家電のお店として、本格的に家具家電を取り扱うようになりました。ただ、お店として使われていたわけではないので、リフォームが必要になります。安くするためにも、リフォームは自分達の手で、ということになりました。
そこで活躍したのが、ペンキのたまさん、大工の舘さんです。現在の事務所の床を貼ったのは、あの湯浅誠です。お店の看板を書いたり、本当に手作りのあうんでした。
引っ越しも大騒動!!当時学生ボランティアとして引越しを手伝ってくれた田中入馬君は、現在ではあうんの中心スタッフです。

 2006年の2月、現在の東日暮里1丁目で本格的に衣類、家具家電を取り扱うお店としてあうんは新たなスタートを切りました。2丁目のお店から引き続き来て下さるお客さん、引越してきたことで、新しくおなじみになったお客さんと、お客さんの数もだんだんと増えていったのが、この頃です。
とはいえ、今と較べてみれば、まだまだ本当に小規模で、増えた家賃と人件費は到底お店の売り上げでは賄えない状態でした。 

当時、今は亡き井上さんを中心に、土曜日、日曜日になると衣類や雑貨を持って、明治公園や錦糸公園等、フリーマーケットに朝早くから出掛けて行ったのが、なつかしく思い出されます。


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今も昔も、お客さまへの感謝といえば「餅つき」のあうんです。もちろん無料で振る舞います。
毎年楽しみにしてくださる方が大勢いました。

モチツキ2008,2,11-003



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あうん漂流記 ~その2~

 毎週お届けと言っていて、更新忘れておりました!汗


リサイクルショップあうん」の次に「便利屋あうん」がはじまったころのお話です。
今よりもっともっと雑然としたお店に、たくさんの働く人がいて、ご近所の方にはなんとも不思議なお店に感じられたことでしょう。
この時代のスタッフが低賃金の中、頑張ってくれたからこそ、
今働く私たちの仕事があるのだと感謝せずにはいられません。





「あうん漂流記 その2」 2010年3月発行

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 2003年の夏頃、あうんに今は有名になってしまった湯浅誠がやってきました。

当時のあうんは、リサイクルショップはやっていても、生活のできる賃金になるには、ほど遠かったこと、洋服のリサイクルでは、現場労働をしてきた中高年のおじさん達には、イマイチ興味が持てなかったことなどで、なんとか新しい方向を模索している最中でした。
自転車のパンク修理をやったり、鳩のフンの掃除に行ったりと少しづつ便利屋仕事を始めていたころです。
彼の持っているネットワーク―福祉事務所の職員、弁護士、司法書士、社会福祉士―で、便利屋仕事を事業の拡大の柱にしようということでした。

 こうして、便利屋あうんがスタートしました。

当初は、湯浅君を中心にあうんのメンバー3人くらいで、アパートの片付け仕事を少しづつやっていましたが、ある日、1軒家の片付け仕事が舞い込みました。これは、とてもじゃないけど、今までのメンバーだけではとても無理。そこで登場したのが、昨年亡くなった井上さん達5人グループです。個性豊かな?5人組が、参加したことで、あうんのワイワイガヤガヤの雰囲気が出てきました。

それからは、少しづつ仕事も広がり、便利屋で片付け仕事をして、その中から、売れるものをお店で売るという今のあうんのスタイルが始まりました。家電や家具もこのころからお店に置かれるようになりました。
道路で冷蔵庫や洗濯機を掃除するという光景も、あうんならではの光景となってきました。外で洗いをやることで、お客さんから、「あうんの人達は、本当によく働くねえ。」という声も聞くようになりました。

この頃は、店舗も便利屋も、みんな初体験でど素人、だけど心意気だけは、負けないという気持ちだったような気がします。
「仕事を増やすには、現場でどれだけお客さんに評価されるかだ。ワシラの仕事ぶりをみて、次の仕事をくれるんだ。」これは当時、便利屋を引っ張っていたタマさんの言葉です。

仕事は楽しく、チームワークよく、これがその頃の合言葉でした。  (つづく)

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看板や内装なども全て手作り。互いの技術を生かしあっています。

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tag : リサイクルショップ 荒川区 中古家電

あうん漂流記 ~その1~

今回から週に一度、企業組合あうんの歩んできた歴史をお届けしたいと思います。
2010年にリサイクルショップあうんにお越しくださるお客さまとのコミュニケーションを図るためにはじまった
このフリーペーパーの「あうん通信」第一号にはまず挨拶とともに、このような文章で始まりました。


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知っている方もいると思いますが、あうんのお店は普通の会社とは少し違います。
「あうん通信」は、あうんがどういう趣旨で運営されていて、どのような人たちが働いているのかを知っていただきたいと思って発行に至りました。
また、お客さんにお手紙を書くような感じでちょっとした気づきなどを載せることが出来ればいいなと思っています。
知りたいこと、載せてほしい情報がありましたら是非お声をかけてください。

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このフリーペーパーを発行した2010年は、あうんに若いスタッフも増えてきて少しずつ新しい取り組みがはじまったり、
今後お店をどんな風にしていくのか、などをよく話し合っていたように思います。
そんな中、あうんが取り組んでいる「協働労働」のことをもっと積極的にお客様に知っていただき、
応援していただいたり、便利に活用していただきたいと思って始めました。

地域の皆さまに支えてもらったからこそ、お店を続けることができたことに感謝をし、
最近出会った方にも、あうんの歩んできた道を知っていただければ、と
「あうん漂流記」という連載を載せることにしました。





「あうん漂流記」 2010年2月発行


 あうんは、2002年の暑い暑い日、5名のスタッフで、産声をあげました。

ほぼ、半年間の準備段階を経て、恐る恐る踏み出した第1歩でした。東日暮里2丁目の20坪程の事務所倉庫を借り、売り場面積10坪あったでしょうか、とにかく寄付で集めた衣類を並べ、今考えると、とてもお店とは言えないようなスタートでした。

開店第1日目、はたしてお客さんは来てくれるのか、半信半疑の中、忘れもしない第1号のお客さんは近くの工場に勤めるフィリピン人のおにいさん、その後、好奇心旺盛な近所の方々が、1人2人とぽつぽつお店をのぞいてくるようになりました。当時家賃が13万円、1ヶ月目の売上約13万円、これで家賃が払えるとみんなで大喜びしたのを覚えています。
もちろん給料はなし、寄付されたお米を配って現物支給、お昼も納豆や仲町商店街で買ってきた25円のコロッケを食べていたのを懐かしく思い出します。

 当時、地域の方々は、あうんをどう見ていたのでしょうか?きっと突然現れた訳のわからない集団といったところでしょうか。商売とは無縁そうな50代のおじさんたち、毎日毎日集まっては、武骨な手で洋服を仕分けしている様子は、ちょっと不思議な光景ですよね。

地域の方やお客さんたちと名前で呼び合えるようになった頃、あうんの趣旨をお店でも打ち出すようになりました。あうんは「ホームレス」支援から出発していること、野宿している人達も含めて、仕事づくりをしているということ、びくびくしながら打ちだした「あうんの趣旨」は、驚くほど抵抗なく受け入れられたように見えました。「ホームレス」というひとくくりにした顔のない関係から、○○さんという名前のある関係へ変わることが、こんなにも重要なことだということを実感した体験でした。


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↓↑ 2010年当時の店舗の様子です。まずは中古衣類の販売から始まりました。


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tag : リサイクルショップ フリーペーパー

「あうん」のはじまりのはなし


ブログを書き始めるとおもしろいなと思うことのひとつに、
見たもの聞いたもの感じたことを、「ブログに投稿する」という目線で考える習慣がつくことです。


毎日何気ないことがたくさん起こるのだけれど、
文章にして残すことで、今誰かが見てくれる興味を持ってくれると同時に、

未来の誰かが見てくれる知ってくれる可能性を残しているんですね。



たしか5年前頃に、リサイクルショップあうんにお越しくださるお客様に配布していたフリーペーパーがあります。

スタッフの紹介だとか、あうんがどんな思いでこのお店をはじめたのか、
そんなことが詰まった小さな小さな手作りフリーペーパーでした。
イラストを得意なスタッフが似顔絵を描いてくれたり、
俳句だったか川柳だったかを得意なお客様にも作品を披露していただいたり、

その当時はその拙さに続けていくことの大変さばかりが目についてしまいましたが、
未来に生きている私は、またこのフリーペーパーをその中で連載していた、あうんの創設期のことを
このブログでお披露目したいと考えるようになりました。



「あうん」のはじまりのはなし

毎週1回、少しづつ発表していきます。
お楽しみに♪

tag : リサイクルショップ フリーペーパー

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Author:あうんショップ
荒川区東日暮里にあるリサイクルショップあうんに入荷した商品の情報を最速でお知らせします。

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